鳩時計屋敷の作曲家

 

 森の中に風変わりな屋敷があった。大きな木に鳩時計がぶら下がっていて誰か住んでいるのだ。針もちゃんと動いている。森の動物たちはみんなそれを見て時間を知っていた。

 夜になると鳩時計屋敷に火が灯る。中でギターやマンドリンの音色が聴こえてくる。

 ある日の夕方、遠い土地から旅人がこの森へやってきた。

「変な家だな。明かりがついているから、誰か住んでいるのだ」

 旅人は今夜泊めてもらうことにした。

「すみません。すっかり暗くなって道がわかりません。泊めてもらえますか」

 すると屋敷のドアが開いて、男が出てきた。

「どこからやってきたんだ。たいしたもてなしはできないが、よかったら入ってくれ」

 親切な男だった。屋敷の中は居心地がよかった。ベットもあるし、台所もある。机の上に楽器が置いてあり、楽譜が山のように積まれていた。男は夕飯を作ってごちそうしてくれた。

 男は作曲家だった。でも曲が売れないためにこの鳩時計屋敷の仕事をしているのだ。

 毎日の仕事を話してくれた。普段は時計の歯車に油を差したり、時間に狂いがないか調整したりするのだが、一番骨が折れるのは、おもりを引き上げる作業だった。この仕事は大変な力仕事だった。十日に一度はやらないといけない。それらの仕事が終わると、作曲の仕事をするのだ。でもこの森の中ではだれも楽譜を買ってくれない。

「じゃあ、お礼に、あなたの書いた曲を世間に広めてあげましょう」

「え、本当かい」

 男は自分の書いた曲を弾いてくれた。なかなか印象的な曲だった。旅人はこれらの曲ならいろんな町の楽譜店で売れると思った。

 朝になり、旅人は出て行った。リュックサックにたくさんの楽譜を入れていた。

 旅人がいなくなると、男はいつものように鳩時計屋敷の仕事をはじめた。いつも油に汚れて仕事をしながらいつか自分の曲があちこちの音楽ホールで演奏されるのを夢見ていた。

 ある日、旅人は町へやってきた。町の公園で楽譜を取り出してリコーダーで吹いていると、楽譜屋の主人が偶然通りかかった。

「なかなか魅力的な曲じゃないか。誰が書いた曲だ」

 旅人は鳩時計屋敷の作曲家のことをいった。でもぜんぜん聞いたことがない人物だった。

「その楽譜を少し買ってあげよう。お店にプロの演奏家が楽譜を買いに来るので、その楽譜も売れるだろう」

 楽譜屋がいったように演奏家たちは、無名の作曲家の楽譜を眺めて気に入り買っていった。

 ある日、町のコンサートへ演奏を聴きにやってきた音楽好きな資産家が、無名の作曲家の作品を聴いて大いに満足した。

「どこに住んでいる人かな。一度会って話がしたい」

 演奏家から楽譜屋の場所を教えてもらって、ある日出かけて行った。

「わしはよく知らないんだ。旅人から聞いただけだ」

「その旅人はどこにいるんだ」

「町の公園の後ろの木の下で昼寝をしている」

 資産家は公園へ行って旅人から作曲家の家を教えてもらった。

 ある日資産家は、車で森へ行ってみた。森の中に鳩時計の変わった家があった。窓が開いていたので声をかけてみた。

「おおい、いるか、おれだ」

 作曲家の男は外で声がするので窓から顔を出した。

「いやあ、お前か、久しぶりだな」

 二人は若い頃、同じ音楽学校の同級生だった。もう二十年近く会っていなかったので、久しぶりに再会して二人とも喜んだ。

 作曲家の男は家の中に招待し、コーヒーを入れて飲みながら思い出話にふけった。

 資産家は、もともと家がお金持ちだったので、暮らしは裕福だったが才能がなく、音楽の道をあきらめたのだ。反対に作曲家は才能があったのだが、ずいぶん貧乏だったので途中で退学したのだった。学生の時にお互いに曲を見せ合っていたので、演奏会で曲が流れたとき、もしやと思ったのだ。

「作風がどこかで聴いたことがあるので、すぐにお前の曲だと分かった。ずいぶん書いてるみたいだな」

「ああ、でも暮らしはあいかわらず貧乏だ」

 そんなことで、資産家は昔の友人の曲を世間に広めようと考えた。

「お金はおれが出してやるから、ここを出て町で活動すればいい」

「本当か、それはありがたい、じゃあ、あとがまを捜すから少しまってくれ」

 話が決まって、翌月に町へ引っ越すことになった。資産家の援助で作曲家の曲はあちこちで演奏されるようになった。

 

 

(オリジナルイラスト)

 

 

(未発表童話)