冬の砂浜の家

 

 すっかり冬になって、毎日、冷たい北風が砂浜の上をヒューヒューと吹いていました。貝殻たちは寒そうに砂の中にもぐり込んでいました。

 砂浜のすぐ後ろに家がありました。窓は閉じられていてとても静かです。

「夏はよかった。早く冬が去ってくれないかな」

 家は退屈そうにぼんやり海を見ていました。

 ときどきどこからか野良犬がやってきて、壁によりかかって風を避けていました。

 ある日猛烈な風が吹きました。波は山くらいに盛り上がり、家のすぐそばまで流れてきました。

「これじゃ、今夜は心配で眠れない」

 海の水はそのあとも流れてきて、家のまわりを取り囲んだりしました。

「ああ、冷たい。体が震えっぱなしだ」

 夜になって砂浜の向こうから誰か歩いてきました。背中にマンドリンをしょってとても寒そうです。家を見つけると近寄ってきました。

「よかった。あの家で風を避けよう」

 やってくると嬉しそうに壁に寄りかかりました。

「今日はひどい天気だった。稼ぎもぜんぜんなかった。ああ、寒い。暖をとろう」

 砂の上に散らばっている枯れ木を集めてくると、火を起こしました。

 火は風を避けながら赤々と燃えました。

「ああ、暖かい。今夜はなんとか眠れそうだ」

 火でお湯を沸かすとお茶を入れて飲みました。身体が温まると、マンドリンを手に持ってポロンポロンと弾きはじめました。

 焚火の火で暖かくなった家も、しずかに耳を傾けていました。

「いい曲だ。イタリアの曲だな。むこうは暖かくて、オリーブやオレンジがたくさんとれる国だ」

 聴きながら、去年の冬にもここへやってきたひとりの三味線弾きを思い出しました。

「あの演奏家の腕もよかった。津軽三味線をガンガン鳴らして一晩中弾いていた。やっぱり乞食みたいな人だった。いま何処にいるのかな」

 三味線の音を懐かしく思い出しながら、冬がもっと厳しい東北の海のことを考えたりしました。そのあいだにもときどき強い風が吹いて、家をガタガタと揺らしました。でも、その夜はマンドリンの明るい音色を聴いて楽しく過ごせました。

 朝になると風はおさまりました。海は昨日と打って変わったように静かでした。

 昨夜のマンドリン弾きは知らないうちにどこかへ立ち去って行きました。砂の上には昨夜の焚火の跡が寂しく残っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(未発表童話です)