短編小説 幽霊島に不時着

 

 休日にハンググライダーで海の上を飛んでいた。空を飛んでいると仕事の疲れも取れて気分が最高にいい。

 その日は風もなくさわやかな青空だった。午後から天気が崩れるといっていたので、早めに帰宅するつもりだった。

でも、いつも気になっていた8キロほど離れた小島へ行くことにした。島を一周する時間は十分にあるのだ。燃料も残っている。

 まもなく島が見えてきた。周囲が1キロメートルほどの小さな島で樹木が生い茂っていた。小高い丘の中腹に三階建ての古びた家があった。壁は黒ずんで所々板が剥がれ、まるで幽霊屋敷だ。

「近くに寄って見てみよう」

 高度を下げて、島のすれすれをしばらく飛んでいた。家が気になっていたので、何度も家の周囲を飛んでいた。

「あれ、二階の窓が開いた。誰か住んでいるのかな」

 空き家だと思っていたので、高度を下げてしっかりと確認することにした。

 30分ほど夢中になって家を観ていたので空が曇ってきたのに気づかなかった。

 そのとき突風にあおられて、機体がグラッと揺れた。

「まずい、」

 慌てたせいで、機体を立て直すことが出来ずにそのまま高度が下がり、近くの樹木の中へ突っ込んでしまった。ガシャッ。大きな音がして樹木に宙ぶらりんになった。

「困った。帰れなくなった」

 ベルトを外して、樹木から降りた。

「何とか、機体を地上へ降ろせないかな」

 機体を降ろせさえすれば、なんとか飛ばせるのだ。島の南側は砂浜だった。 

 草の中に突っ立ってしばらく呆然としていた。目の前に屋敷が建っていた。木造のずいぶん古い家だった、

「仕方がない。今夜はこの家に泊めてもらおう」

 雑草が生い茂っている敷地の中へ入っていった。門は開いていた。時計を見ると午後3時だった。夜になるまではまだ時間がある。

 玄関に行ってドアを叩いてみた。誰も出てこない。

「鍵は掛かっているのかな」

 ドアを押すとスーと開いた。

 家の中へ入ってみた。暗くて室内の様子がよくわからない。ぼんやりしていたとき、二階で物音がした。気になったので階段を登って行った。

 二階の廊下を歩いていたとき、すぐそばの部屋のドアが開いた。白い腕が伸びてきて、鈍器のようなもので頭を殴られた。そのまま気を失ってしまった。

 長い時間気絶していたが、目が覚めるとベッドの上で眠っていた。殴られたせいで頭がひどく痛かった。

 ベッドから起きて部屋のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていた。窓も鍵が掛かっている。この部屋は3階だった。窓から庭の様子がよくわかる。雨が降っており風も吹いていた。遠くの方にかすかに陸地が見えた。

「おれを殴った奴は誰だろう。この家の住人かな。でもどうやってこの部屋から抜け出そう」

 やがて夜になった。部屋には照明がなく真っ暗だった。お腹が空いていたが食べるものがない。

 その夜は寝るしかなかった。

 朝になった。窓の外を見ると、雨はもう上がっていた。海の様子もよくわかる。

「カチッ」

 部屋のドアの鍵をはずす音がした。

「だれだ」

 ドアが開いて、全身包帯を巻いたミイラ男が立っていた。恐怖を感じたので窓の方へ逃げた。そのときだった。ミイラ男のうしろから眼鏡をかけた50歳くらいの白髪の男が入ってきた。この家の持ち主だろうか。男はベットのそばの椅子に腰を下ろすと、パイプを取り出して、火を着けて話しはじめた。

「驚いたかね。いつも君が操縦するハンググライダーを見ていた。こんなところへやってくるとは思わなかった」

「あんたは誰だ。どうしておれをこんな所に閉じ込めたんだ」

 男はパイプをくゆらせながら、

「この島の秘密を知られたくないからだよ」

「秘密。どんな」

「それは教えられない。しばらくこの島にいてもらう。食事は毎日運んであげるよ」

 男はそういってミイラ男と一緒に部屋から出て行った。

「なんてことだ。とんでもない所へやってきたものだ」

 どこへも行けず、ただ部屋の中へいるしかなかった。

 それから数日して男がやってきた。

「この前は失礼したね。まだ名前もいってなかった」

 男は名前を名乗ってから話しはじめた。

「実は君に協力してもらいたんだ」

「協力?何をだい」

「私の趣味の手伝いを頼みたいんだ」

「どんな趣味」

「この島で幽霊屋敷の施設を作っているんだ」

「幽霊屋敷の施設?」

「つまりお化け屋敷さ」

 男は数年前からその作業をしており、完成したら陸からお客を呼ぶそうだ。ミイラ男はロボットでほかにも怪奇小説に登場する怪物をたくさん作っているらしい。

「へえ、それは面白そうだ」

「施設はもうじき完成する。出来たら見せてあげよう」

 男の話を聞きながら、なんだか興味が湧いてきた。そんな施設が見られるのなら協力してよいと思った、

「じゃあ、やってみるか。何をするんだい」

「君に頼みたいのは、陸へ行って空からビラを撒いてもらうことなんだ。幽霊屋敷の宣伝をしてもらいたいんだ」

「ビラ撒きか」

「頼むよ」

「わかった協力するよ」

 変わった趣味を持ったその男の手伝いをすることになった。話がまとまるとようやく部屋を出ることを許された。男はいつも地下室へ行って作業をしている。作業場を見学したいといったが、いまはダメだといわれた。仕方なく島の中を散歩したり、木に引っかかっているハンググライダーを降ろして、砂浜へ引っ張っていって整備したり、部屋でぶらぶらしていた。島の中を散歩しているときよくミイラ男に出くわした。自分を見張っているようで嫌な気分がした。

 眼鏡を掛けた男は毎日やってきた。そして作業の進み具合を楽しそうに話した。

 現在は、ロンドン塔の拷問室を真似て作った施設を地下室に建設中だといっていた。

 見学したいといったが、やっぱり断られた。

 でもそんな施設を本当に作っているのかどうか疑わしい。何か別の企みがあるのかもしれない。

 この島へやって来て1週間ほどして変なことに気づいた。窓から見える陸地の位置がおかしいのだ。いつもより西に見えたり、また元の位置に戻ったりするのだ。

「変だな。陸地が動くはずがない」

 ある夜のこと、変な音を聞いて目が覚めた。ベッドの下から大きな機械の音がするのだ。いや、屋敷の地下深くからだ。昼間は聞こえないが、夜になると聞こえてくる。ずいぶん大きな音だ。

「確かめたいな」

  毎日食事は朝と昼と夕方にミイラ男が運んで来る。翌日、昼食を持ってきたミイラ男が部屋を出て行ったあとをつけてみることにした。

 三階の階段から一階まで降りて行くと、ミイラ男は広間の大きな鏡の前に立った。ロウソク台を動かすと鏡が右側に移動し中に通路があった。ミイラ男は通路を歩いて行った。

「秘密の入口だ」

 鏡が閉じないうちに、あとから中へ入り通路を歩いて行った。通路は下へ傾斜し、奥へ行くにしたがって機械の音が大きくなってきた。やがて木造の壁から鉄製の壁に変わってきた。

「工場があるのかな」

 通路はいくつかに分かれていた。それぞれ部屋があるのだ。右側の通路を歩いていくとドアがあった。鍵はかかっていなかった。ドアを開けてみた。

「これはー」

 広い工場の中でたくさんのロボットが働いていた。海中から採取した大きなアイスクリームの形をした細長い棒状のものを鉄製の棚に載せていた。鉄製の棚にはぎっしりそれらが積まれていた。見たことがある。

「あれは、メタンハイドレートだ。メタンガスが凍った資源エネルギーだ。そうかこの島で日本の領海内で採取しているんだ。目的はこれか」

 工場の中はずいぶん寒かった。メタンハイドレートが溶けないように中を冷やしているのだ、

 ドアを閉めて、次の部屋へ行ってみた。ドアを開けてみた。

 そこは機関室だった。大きなエンジンが動いていた。プロペラシャフトが海の中に突き出ており、巨大なスクリューがゆっくり回っていた。機関室の周りの壁は所々ガラス張りで海の様子がよく見えた。

「そうか、この島は人口の動く島なんだ。ああ、あの男はこの国のメタンハイドレートを持っていくのが仕事なんだ。この海の採取が終わったら別の場所へ行くのだ。そのときはおれを始末してハンググライダーを偵察機として使うつもりだ」

 隣の部屋も覗いてみた。海中へもぐる潜水艇が何隻も置いてあった。

「これで海中を調べているんだ」

 すぐに部屋に戻ることにした。見つかったらまた部屋に監禁されてしまう。

 部屋に戻ってこの島から逃げ出すことを考えた。ハンググライダーは砂浜に置いてある。木の枝や草をかけて隠してある。燃料はまだ残っている。

「明日の早朝に逃げ出そう」

 夕食を食べてから眼鏡の男がやってきた。

「昼過ぎにこの部屋へ来てみたが、君はいなかった。どこへ行ってたんだ」

 男は疑わしそうな目つきでいった。

「ハンググライダーにまだ燃料があるかどうか見に行ってたんだ」

「そんな心配はいらない。飛行機を飛ばすくらいの燃料はたっぷりあるよ」 

「いつからビラを撒くのかい」

「もうすぐだ。あと10日ほどで、すべての施設は完成する。そしたらビラ撒きを頼むよ」

 眼鏡の男はそういって出て行った。

「施設が完成したらといったが、メタンハイドレートの採取が終わったら、どこかへ姿をくらますのだ。そのときはまたおれを監禁するつもりだ。さあ、逃げ出そう」

 朝がやってきた。ミイラ男が朝食を持ってくるのは8時半と決まっていた。その前に砂浜から飛び立とう。

 部屋を出て砂浜へ向かった。ハンググライダーはちゃんと木の枝と草を掛けて隠してあった。

 急いでエンジンを掛けた。周り中にエンジンの音が鳴り響いた。

 機体を持ち上げて、ベルトを身体に掛けた。準備はOKだ。

 砂浜を掛けていった。風がないのでなかなか離陸が出来なかった。ふと、林を見たとき、ミイラ男が音を聞きつけてこちらへ向かって走ってきた。

「まずい、早く離陸しよう」

 ミイラ男がすぐそばまで走って来たとき、身体が浮き上がった。助かったのだ。機体がどんどん上昇していく。ミイラ男はがっかりしたように空を見上げていた。

 無事に陸地へ戻ってきた。すぐに海上保安庁へ島のことを通報したが、はじめはぜんぜん信じてもらえなかった。翌日、やっと巡視船が出動して捜索を開始したが、島はどこかへ消えてしまっていた。

 

 

(オリジナルイラスト)

 

 

(未発表作品)