幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン

 

(オリジナルイラスト)
 私は靄のヴェールのなかに、巨大な果て知れぬ壁のあるのを見つけたのである。まったく突然、それも出しぬけに、それは私の眼の前に浮かんできたのだった。誰かが明かりを手にし、われわれの先にたってひどく大きな、真黒い穴をめがけて歩いていった。それが夢の国の門なのだった。近づいてゆくにつれて、私ははじめてその途方もない大きさに気づいた。われわれはトンネルのなかに入ってゆき、できるだけ案内人の身近によりそってゆくようにした。
 しかしこのとき、ある奇妙な出来事が起こった。まったく未知の、ある恐ろしい感情が、一つの打撃のように、私におそいかかってきたのである。それは後頭部から始まって、脊髄にそって走ってゆき、私の息はつまり、心臓の鼓動はとまった。途方にくれて、私は家内はどうかしらとあたりを見まわしたのだが、その彼女自身も顔面蒼白となり、面差に死の不安を反映させながら、声をふるわせて囁いたのだった。
「もう二度と、ここから出られないのね」
 しかし、はやくもまたさわやかな大波のような力に元気づけられて、私はだまって彼女に腕をかしてやった。
 小説の主人公は病身の妻を連れて、夢の国へやってきた。長旅の果てに辿り着いたところは中央アジアの荒涼とした土地だった。二人は靄の中に夢の国の門を見つけたのだ。
(白水社 幻想小説 裏面 アルフレート・クビーン 第1部 第2章 旅より)
(ボールペン、水彩画 縦25㎝×横18㎝)