カーネルおじさんの恋

 

 町の通りにケンタッキー・フライドチキンのお店がありました。お店の前では、白いひげを生やしたカーネルおじさんの人形が、毎日ニコニコ笑って立っていました。

「きょうも、たくさん人が歩いてるな。みんなお店にきてくれないかなあ」

 日曜日のことでした。道路を挟んだお店の向かい側に新しい小さな洋服屋さんがオープンしました。お店のショーウインドーに流行の洋服を身に付けたマネキン人形が飾られました。

「ああ、かわいい女性だな。あんな女性と話が出来たらなあ」

 カーネルおじさんは、そのマネキン人形がいつも気になってしかたがありません。

 ある日のことでした。おじさんはふとあることに気づきました。それはおじさんが子供だった頃、仲の良かった女ともだちに、そのマネキン人形がそっくりなのです。

 おじさんが生まれたのは、アメリカのインディアナ州のヘンリービルという所でした。小学校の同級生に、ネリーさんという女の子がいました。

スティーヴン・フォスターの歌に、「ネリー・ブライ」という曲がありますが、名字も同じでした。その女の子はカーネルおじさんの初恋の女性だったのです。

「まさか、わたしに会いに日本まで来てくれたのかなあ」

 おじさんの思い込みはたいへんなものです。

「それだったら、一度あいさつに行かないとなあ」

 おじさんの胸は躍りました。

 そんなある日のことでした。マネキン人形が、おじさんの方をむいて、にっこりとウインクしたのです。

 おじさんの胸はドキンドキンと、ときめきました。

「やっぱり、ネリーさんだ。わたしに会いに来てくれたんだ」

 おじさんは出かけることにしました。

 翌日、6ピースポテトパックを持って、洋服屋さんへ出かけて行きました。

 ショーウインドーの前にやってくると、ガラスをトントンと叩きました。マネキン人形は振り向いておじさんの方を見ました。

「こんにちは。よかったらこれ食べて下さい」

 マネキン人形は、にっこり笑って、

「ありがとう。じゃあ、いただくわ」

といって喜んで受け取ってくれました。

 その日は、あいさつだけで帰ってきましたが、そのあとも、カーネルおじさんは、たびたび仕事中に出かけるようになりました。

 おじさんは、マネキン人形がほんとうにネリーさんかどうかまだ確信がもてないので、故郷のアメリカのことはできるだけ話さないようにしました。

 ある日、半日も仕事をおっぽりだして、洋服屋さんの前で立ち話をしているところを店長に見られました。

 カーネルおじさんは店長に呼び出されて、仕事中は指定の場所に立っているようにきびしく命じられました。

 おじさんは仕方なく次の日からはいつもの場所に立っていましたが、マネキン人形のことがやっぱり気になるせいか、そのあとも店長の目を盗んでは、ときどき仕事中に出かけて行くようになりました。

 ある日、カーネルおじさんはふと思い出しました。

「そうだ。あしたは、ネリーさんの誕生日だ。プレゼントを持って行かないと」

 おじさんは、どんなプレゼントにしようかなといろいろと迷いました。

「そうだ。この通りの先に、人気のケーキ屋さんがあったな。あそこでケーキを買って持って行こう」

 その日は幸運にも店長が休みの日だったので、昼から出かけて行きました。

 ケーキ屋さんに行くと、女性店員に、

「すみませんが、2500円のいちごのデコレーシャン・ケーキひとつ下さい」

「お誕生日用ですか」

「はい、でもロウソクはけっこです」

「わかりました。お待ちください」

 きれいな包装紙にケーキを包んでもらって、おじさんはお店に戻ってきました。

 夜になってからおじさんは出かけていきました。夜だったら、だれにも見られずにのんびりと話が出来るからです。

 明かりの消えたショーウインドーの前にやってくると、ガラスをとんとんと叩きました。

 マネキン人形が気づいて、振り向きました。

「こんばんは、よかったらこのケーキ食べて下さい」

「いつもどうもありがとう。おいしそうだわ」

 おじさんは、このときがチャンスとばかりに、故郷のアメリカのことをはなしてみました。

 小学生の頃の先生のこと、友達のことなどいろいろとはなしてみました。マネキン人形はききながらキョトンと変な顔をしました。このおじさんは人違いをしているのだとわかったのです。でも、がっかりさせたくなかったので、話を合わしてくれました。

 その夜、ふたりは、ずいぶん長い間いろんなことを話しました。明け方近くまで話していたので、翌日はふたりとも寝不足で、仕事中に何度もウトウトしていました。

 カーネルおじさんは、数年間そうやっていつものようにマネキン人形に会いに出かけましたが、ある日、大変なことが起こりました。洋服屋さんがとつぜん閉店したのです。

「たいへんだ。ネリーさんがアメリカへ帰ってしまう」

 カーネルおじさんは仕事も手に付かず、いつもさみしそうな様子でした。お店にやって来るお客さんたちも、最近、人形のおじさんが元気がないとみんな言い合いました。

 ひと月がたったある日のことです。

 風の噂でマネキン人形の行方がわかりました。この町の大型デパートの婦人服売り場に飾られているということでした。

 カーネルおじさんは、それを聞いて飛び上がって喜びました。

「それじゃ、さっそく会いに行こう」

 翌日、仕事をまたおっぽりだして、隣の通りにあるデパートへ出かけて行きました。

 デパートは5階建てで、婦人服売り場は3階でした。エスカレーターで上まで上って行きました。デパートの中を歩いているお客さんたちは、白いスーツを着た、白いひげを生やしたどこかで見たことがあるおじさんがフライドチキンの紙袋を持って、うろうろしているので変な顔をしていました。

「婦人服売り場はどこですか」

 店員に教えてもらって歩いて行くと、見覚えのある人形が見えました。

「あれだ。ネリーさんだ」

 マネキン人形は、レジから少し離れたガラスのケースの中で、きれいなドレスを着て飾られていました。

 おじさんはそばへ行って、ガラスをトントン叩きました。

「やっとあなたに会えました。こんな所で働いていたんですか。おみやげを持ってきました」

 マネキン人形も、うれしそうににっこり笑って、

「よく来てくれましたね。お久しぶり、いつもありがとう」

 その日はおじさんにとってたいへん感動した日でした。

 おじさんは、それからも仕事中に抜け出しては、このデパートへよくやってきましたが、ある日、幸運なことが起こりました。

 おじさんが働いているケンタッキーフライドチキンのお店が、このデパートの2階に移転したのです。3階には婦人服売り場があるので、階段を登って行けばいつでもマネキン人形に会いに行けるのです。

 ですから、いつものようにカーネルおじさんは、店長の目を盗んでは、マネキン人形に会いに出かけて行きました。

 

 

 

 

(文芸同人誌「青い花第25集」所収)