そよ風のお話

  

 机の上に、図書館から借りてきた本が置かれていました。でも、この家の主人はいつになっても読んでくれません。最初のページが開いたままなのです。

それは毎日楽器の練習で忙しいからでした。

 季節がまた悪いのです。ちょうど秋の頃で、演奏会がたくさんあって、本なんて読んでいられないからです。

返却日が近づいてきたのにまだ読んでいません。あいかわらず、隣の部屋から音楽が聴こえてきます。

「やっぱりだ。また、無駄な時間を過ごしてしまった」

あきれたように本はいいました。

「こんなことだったら、図書館にいた方が、どんなにかみんなのためになっただろう」

 ある日、開いた窓のカーテンがゆれて、そよ風が入ってきました。

そよ風は、本のページをめくってみました。

「うん面白い。全部読んでみよう」

そよ風は、ぺらぺらとページをめくっていきました。

全部読んでしまうと、そのお話を誰かに話したくなってきました。

 そよ風は、外へ出て行きました。庭を通って近くの原っぱへ行きました。子供たちが遊んでいました。

「面白くてすてきなお話を聞かせてあげましょう」

子供たちは、はじめ退屈そうに聞いていましたが、やがてそのお話に興味を持ちはじめました。

子供たちは聞き終わってから、そよ風にもっとお話が聞きたいといいました。

「図書館へ行けばいろんなお話が読めますよ」

そういってそよ風は、べつの場所へ行きました。

 川のうえを通り過ぎていくと、ある岸辺に、お百姓さんがいました。

「面白くてすてきなお話を聞かせてあげましょう」

「いまいそがしいから、いいよ。家に子供が二人いるから、子供たちに聞かせてあげなよ」

そよ風は、お百姓さんの家に行きました。

 家の中で子供たちがテレビを見ていました。そよ風は、窓から入っていくと、子供たちにいいました。

「テレビよりも、もっと面白いお話を聞かせてあげましょう」

「ええ、どんなお話」

 そよ風は、はなしてあげました。

「面白い、もっと聞きたいな」

「つづきは図書館へ行けば、読めますよ」

「そう、じゃあ、明日いってみよう」

 そよ風は、その家から出て行きました。

 次に行ったのは、町でした。

 町の公園に、おじいさんがベンチに腰掛けていました。

「面白くてすてきなお話を話してあげましょう」

「そりゃ、ありがたい、話してくれ」

 そよ風は、話してあげました。

「ほう、いい話だな。その話を友だちの絵描きさんにも話してあげなさい」

そよ風は、公園の近くに住んでいる絵描きさんの家に行きました。この絵描きさんは、毎日アトリエで絵を描いていました。

 そよ風の話を聞いているうちに霊感が浮かんできました。

「いやあ、いい話だ。絵のアイデアが見つかった。すばらしい絵が描けそうだ。ありがとう」

絵描きさんは、さっそく絵筆を持ちました。

そよ風は、そのあとも、いろんな所へいって、お話を聞かせてあげました。

 ある家に、売れない作曲家が住んでいました。

そよ風は、その作曲家にもお話を聞かせてあげました。

「そのお話のストーリーでミュージカルが書けそうだ。ありがとう、今夜からさっそく仕事をはじめよう」

 何年かたってから、この町の劇場で、そのお話をもとにしたミュージカルが見事に上演されたということです。

 

 

 

 

 

(平成28年1月 文芸同人誌「青い花」ホームページに掲載)