声を出す木

 

 すごい山奥の林の中で、きこりが木をきっていました。

 ギィーコ、ギィーコ、ギィーコ、ギィーコ

きり倒された木が、ギギギギ、ズドーンと音をたてて倒れます。

 一本の木のところへいって、きりはじめたときです。

「痛―い、痛―い、やめてくれ」

と声がきこえました。

 きこりは、あたりを見わたしましたが誰もいません。またきりだすと、

「痛―い、痛―い、きらないでくれ」

と声がきこえました。

「声を出したのは、おまえさんかい」

「そうだよ。おいらだ」

 木は答えました。

「そんなにきられたくないのかい」

「ああ、そうだ。きらないでくれ」

「そりゃ、できんことだ。今日のうちにきってしまわないと、親方にどやされる」

「そんなことあるかい。かってに山にやってきて、おれたちにことわりもしないでたくさん木をもっていくんだから。あんたたちはかってだよ」

 理屈をいう木にきこりは困りましたが、なんとか説得して早くきらないといけないのです。

 きこりは考えました。

「おまえさんは、この山にどのくらい暮らしているんだね」

「二百年になるかなあ」

「ほーっ、こんなさみしいところでそんなに長く」

「いいところだよ。静かでのんびりしてて、空気もおいしいし」

「そりゃ、けっこうだが、町もいいところだぞ。お前さんのお父さんも、おじいさんも、ひいおじいさんも、いまはりっぱな神社の柱になったり、大きな屋敷の壁板になったり、公園のベンチになったり、みんな毎日たのしく暮らしてるんだよ」

「それ、ほんとうかい」

「ほんとうだよ。わしの見たところあんたみたいな丈夫でりっぱな木だったら、豪華客船のラウンジの柱にうってつけだ」

「へえ、それはすごいなあ。それだったら、毎日海を眺めていられるなあ」

「そうだよ。いろんな国をただで旅行ができるからな」

「そうか、じゃあ、行ってみようかな」

 木は話をきいているうちに、きられることに承諾しました。

「じゃあ、いいよ、きってくれ」

「いいんだな」

「うん」

 きこりはきりはじめました。ところがまた「痛―い、痛―い」

と悲鳴がきこえました。

「どうしたんだね、気が変わったのかい」

「ちがうよ、そこは神経が通ってるんだ。もっと下の方だよ」

「ここはどうだい」

「もうすこし下だ」

「ここはいいかい」

「ああ、いいよ、やってくれ」

 きこりは力をいれて、ギィーコ、ギィーコ、ギィーコ、ギィーコときりはじめました。きられたその木は音をたてて、倒れました。

 そして、ほかの木と一緒にトラックに載せられて山をおりて行きました。

 数年後、その木はきこりがいったように、いまは世界の海をたのしく旅しているそうです。

 

 

 

(つるが児童文学会「がるつ第36号」所収)