冬の日の電信柱

 

 

 ビュービューと冷たい北風が吹いてきて、電信柱は困ったようすで独り言をいいました。

「ああ、今年の冬も、ずいぶん寒いな。電線たちもビーン、ビーンと寒そうに唸っている」

空は、灰色の雲に覆われて、雪も降ってきました。

「今夜もこれじゃ、明日はまた風邪をひいちまうな」

 そのとき、どこからかチャルメラの音が聞こえてきました。

「ああ、ラーメン屋だ。ありがたい、どうかおれのそばで営業してくれないかな」

 去年の冬も、ラーメン屋がこの場所で屋台を出したのです。営業してくれると都合がいいのです。ラーメンのほんわかしたいい匂いと湯気が、電信柱を暖かく包んでくれるからです。それはまるでサウナにでも入っている気分でした。

 思っていると、ラーメン屋がそばで営業をはじめました。白髪頭のおじいさんで、暖かそうなジャンバーを着て、お湯を沸かしはじめました。その湯気が上の方まで登ってきます。

「ああ、暖かい」

電信柱が気持ちよさそうにしていると、駅の方から人が歩いてきました。

「ラーメンひとつたのむよ」

「へい、お待ちください」

 白髪頭のおじさんは、さっそく作り始めました。

鶏ガラのなんともいえないスープのいい匂いが屋台の周りにも広がります。電信柱もその匂いをかいて大満足です。

 そのあとからも、会社帰りの人や、飲み屋帰りの人がこの屋台に立ち寄りました。

夜も遅くなって、おじさんは屋台を閉めると、家へ帰って行きました。電信柱は、また寒い時間を過ごさなければならないのです。

 電信柱が寒そうにしていると、いつものカラスが電線の上にとまりました。

「おじさん、帰ったのかい」

「ああ、帰ってしまった。明日もまたここで営業してくれたらいいけど」

「また来るさ。いいもの持って来たんだ」

「なんだい、いいものって」

「ゴミ箱でみつけたんだ」

「ほう、使い捨てカイロか」

「少しだけど、これを体に巻きつければ少しは暖まるよ」

「ありがとう」

電信柱は、ぺたぺたと使い捨てカイロを体に貼り付けました。

「ああ、なんだか暖かくなってきたような気がする」

「しばらくはそれで寒さをしのげるよ」

カラスは、ときどき気を利かして暖のとれるものを持ってきてくれるのです。あるときは、毛糸のマフラーを持ってきてくれたこともありました。それを首に巻いて眠ったこともあったのです。

 ある夜のこと、ひどい大雪が降って、翌朝は雪がずいぶん積もりました。歩行者が雪で転んだりしました。

夜になってからラーメン屋のおじいさんもやって来たのですが、屋台を引っ張っていたとき滑って足を骨折してしまいました。おじさんは商売が出来ずに、その後ラーメン屋はまったく来なくなりました。

 あるとき、電信柱は、ふと町の方を眺めてみました。

「ああ、町の電信柱がうらやましいな。あそこは電灯がいくつも付いているから夜も明るいし、電灯の熱で暖かいんだ」

 電信柱がいうように、この通りは電灯も少なくてずいぶん寒いのでした。

「一番いいのは、銭湯のそばに立っている電信柱だ。銭湯の湯気がときどき窓から流れてくるし、煙突の熱が周りにいつも広がって暖かい。おれもあそこに立っていたかったなあ」

 ある日のこと、この場所が薄暗くて歩行者が歩きにくいということで、電灯が何個か付けられました。

「やったあ、これで少しは暖がとれるな」

電灯の熱で、ほかほかと暖かく電信柱はニコニコ顔です。

 また電灯が付いたせいで、ときどきおでん屋がやってくることもありました。

おでんのいい匂いと、熱燗の匂いが上の方まで漂ってきます。

「ああ、毎年、こうして来てくれたら、冬はいつも暖かく過ごせるな」

ところが、ある年になって困ったことがおきました。

この通りの向かい側に、コンビニが出来たのです。お客さんはみんなコンビニでおでんを買うので、いままで営業に来ていたおでん屋が来なくなってしまったのです。

 電信柱は、また寒い冬を過ごさなければならなくなりました。

 

 

 

 

 

 

(未発表童話です)