歩きまわる墓石

 

 とてもポジティブな墓石でした。お墓に来るまでは山の石切り場で、ギーン、ギーンと石を切る機械の音を聞いたり、林の中から聞えてくる小鳥たちのおしゃべりを聞いたり、賑やかな雰囲気が大好きでした。

 ところが、運ばれてきたのは昼間でもさびしいお墓だったのです。

「おれはこんなところは大嫌いだ」

 真夜中に火の玉が出て来て、お墓の中をのんびり飛んでいるときも、墓石は迷惑そうな顔をして、

「うるさいなあ、あっちへ行ってくれ」

と追っ払ったりしました。

 そんな性格だったので、夜になるとお墓から抜け出して町の中を歩きまわりました。

 タクシーの運転手などは、深夜、歩道を歩いている墓石をよく見かけました。新聞配達や牛乳配達の店員も、信号待ちをしていたとき、陸橋の上をテクテク歩いている墓石を何度も見ました。

 その墓石はこの町の公園やコンサートホールへよく出かけました。山の石切り場にいた友だちに会いに行くのです。

「やあ、元気そうだね。ここは賑やかそうだ」

公園の石碑になった石は、

「日曜日になると人がたくさんやってくるんだ。春はお花見、夏は盆踊りと大変賑やかだ」

 コンサートホールへも行って、

「やあ、元気にやってるかい」

 正面入り口の傍の石碑になった石も懐かしそうに、

「このホールの隣の広場でよく野外コンサートをやってるから、ここでいつも聴いてるんだ」

「おれもこんなところで働きたかったなあ」

 ある夏の夜、となり町で花火大会があるというので観に出かけました。距離が離れているので、鉄道線路の傍をテクテク歩いて行きました。

「あれぇ、誰か歩いてるなあ」

 近づいて行くと、どこかで見たことがある人物でした。

「山下清だー」

 裸の大将そっくりな中年のおじさんがリュックサックを背負って歩いているのです。そのおじさんも毎年花火大会を観に出かけるのでした。向こうも気がついて振り返りました。

「ど、どこからやってきたんだ」

「町のお墓からだ」

「こ、これ食べないか」

そういっておにぎりをくれました。

 リュックサックの中には雨傘、スケッチブック、色エンピツのほかに、途中、農家の畑から盗んできたトマトやキュウリも入っていました。

 おじさんと話をしながら歩いて行くと、やがてとなり町に着きました、町の真ん中に大きな川が流れていて、川の向こう岸に花火大会の会場が見えてきました。

 河岸にはたくさん人が集まっていました。

「も、もうすぐ開始だな」

やがて、ドーン、パチ、ドーン、パチとすごい音がして、花火が打ち上げられました。

おじさんと草の上に座って、トマトやキュウリを食べながら見物しました。

 おじさんは、ときどきスケッチブックを取り出して絵を描いたりしました。

 2時間くらい観て帰ることにしました。

おじさんは家に帰ったら、大きな画用紙に水彩絵具で花火の絵を描くのだといっていました。

 お墓へ戻ってきた墓石は、花火大会のことを仲間の墓石たちに話しながら、

「今度はどこの町の花火大会を観に行こうかな」

と楽しそうに考えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(未発表童話です)