気の弱い殺し屋

 

 江戸の町に殺しを業務とする店があった。表向きの商売は研ぎ屋であった。

 ある日、殺しの仕事が入り、だれが引き受けるか親方の家にみんな集まった。

「明日の晩、越後屋のバカ息子を斬る。太郎兵衛、おぬしに任せる」

「あっしがですかい。きのうこちらへ来たばかりです」

「初仕事だ。がんばってみい」

「刀が研いでありません」

「今夜のうちに研げる」

「まだ人を斬ったことがありません」

「だから、お前にまかすのだ」

「場所がよく分かりません」

「いまから確認してこい」

「向かってきたらどうしましょう」

「そのときは頭を使って対処しろ」

 問答が続いたあと、とうとう行くことになった。

 翌日の晩、親方が太郎兵衛の帰りをじっと待っていると、越後屋の主人が尋ねてきた。

「ごめん。尋ねるが。息子に斬れない刀を売りつけたのはお前とこの店員か」

「え、売りつけた?」

「そうだ。研ぎ方が下手くそで、ぜんぜん斬れんといっている」

 主人が帰ってから太郎兵衛が戻ってきた。

「親方、すいません。越後屋の息子が2メートルもある大男だなんて聞いてなかったもので、頭を使って逃げてきました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(未発表童話です)