線路とみつばち

 

 もう機関車も通ることのない山の中に、赤さびだらけの線路が、草の中でひっそりと横たわっていました。

長い間、こんな山奥に置き去りにされて、しだいに忘れさられて、そのままほっておかれたのです。

 ある日、みつばちが線路の上に飛んできました。

「こんにちは、線路さん。きょうもいい天気ですね」

 元気のよいみつばちを見ながら線路は、

「きみはいいな。あちこちへ飛んで行けるし、それに蜜を集める仕事もあって」

「そうかなあ」

「そうだよ。おれなんか、どこへもいけないんだよ。こんな山奥で、なんの仕事もできないんだから」

 線路は、このまま自分の命がおわるのかと、さみしい気持ちがしました。

 ある日線路は、まぶしい太陽を見ながら、こんなことを思いました。

「もしも生まれ変わることができるのなら、太陽のように赤く燃えた工場の溶鉱炉の中で、もう一度ほかの鉄たちと一緒に溶かされて、新しい機械の歯車や自動車の部品になることができたらどんなにしあわせだろう」

 線路が、この山に運ばれてきたのはずいぶん昔でした。

そのときは、ぴかぴかに磨かれたきれいな線路でした。

毎日のように、山の奥から、鉱石を積んだ貨物列車がこの線路の上を走っていきました。重い荷を積んだ機関車をしっかりと支えて、無事に町の工場へ機関車を送り届けるのが線路の役目でした。

 けれど、今はその機関車も通らないさみしい山の中なのです。

「むかしのように働きたいものだなあ」

 線路は、毎日そんなことを思っていました。

 ある日、いつものみつばちが飛んできました。

そのとき、線路は、うつらうつらと居眠りをしていました。

「線路さん、起きてくださいよ。聞こえませんか」

「え、何か聞こえるのかい」

「向こうから、人のはなし声がしませんか」

「いや、聞こえないよ」

  線路は、じっと耳を傾けました。でもやっぱりなにも聞こえません。

「おかしいな。向こうの方から確かに聞こえてきたのになあ」

 みつばちは、変だなあという顔をしましたが、またいつものように花の蜜を集める仕事をはじめました。

 ある日、線路が眠っていると、山の下の方から、カーン、カーンという聞き覚えのある音が聞こえてきました。それは、線路工夫がハンマーを打ちつける音でした。線路は、自分は夢を見ているのだと思っていました。

けれどもその音が、だんだんと近づいてきたので、すっかり目が覚めました。

やがて、ハンマーの音がしだいに大きくなると同時に、たくさんの人のはなし声が聞こえてきました。しばらくすると、この草の中の線路のさびた釘がはずされて、線路はたくさんの工夫たちによって持ち上げられ、大型のトラックに載せられました。

 そのとき、いつものみつばちが飛んできました。

「線路さん、きっと町へ行けるのですよ」

「そうかなあ、それだったらうれしいなあ」

 みつばちは線路にお別れをいいました。

「いつまでもお元気で、さようなら」

「きみも元気でね」

 線路を載せたトラックは、次々と走り出しました。トラックが山を下りて向かったのは町の工場でした。

 翌日、みつばちが花の蜜を集めていると、町の工場から鉄を溶かす煙が出ていました。

 

 

 

 

 

(自費出版童話集「びんぼうなサンタクロース」所収)