博士の作った薬

 

 町はずれの一軒家。長年勤めた病院を退職した医学博士が薬を作っていた。若い頃に完成するはずだったが、本業が忙しくて研究に没頭出来なかった。

「作り方はノートにすべて書き込んである。あとは薬を調合すればよい」

押し入れの中には、薬の入った容器がたくさんしまってあった。

「薬は特別なものではない、ただ分量を間違えると目的の薬が出来ない」

 ある日、さっそく部屋で作り始めた。午前10時に開始して、夕方4時に出来上がった。

「よし、さっそく試してみよう」

 液状の薬をスプーンに移して、一気に飲んだ。

「ぐわー!」

 あまりの激痛に博士は床に倒れ込んだ。意識を失ったのは午後4時30分で、目が覚めたのは翌日の12時だった。

 ピンポーンー 玄関のチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、警官が二人立っていた。

「お聞きしたいことがあります。同行をお願いします」

 パトカーに乗せられて、警察署へ行った。取調室に入れられて調書を取られた。

「昨日はどこにおられましたか」

「家にいました」

「今日は」

「昼まで寝てました」

 博士は何のことかわからなかった。取り調べの刑事は続けた。

「昨日の夕方あなたを現場で見た人がいます」

「現場?」

「建設中のビルの屋上です。昨日の午後5時頃です」

 博士はどうしてそんな所に行ったのかまったく記憶になかった。

「作業人がそこで倒れていました」

「死んだのですか」

「いえ、生きています。でもまだ意識がありません」

 刑事は別の話に移った。

「昨日の午後6時30分頃、山の別荘のベランダで人が倒れていました。別荘の庭から逃げていくあなたを見かけた人がいます」

「知りません、そんな山へ私がどうして出かけるのかわかりません」

「そうですね、車に乗ってきた形跡もありません」

「その人は死んだのですか」

「いえ、生きています。でもまだ意識がありません」

 刑事はまた別の事を尋ねた。

「今朝6時頃、農家の畑で人が倒れていました。トマト畑が荒らされ、あなたがそばの林の中へ逃げていくところを見た人がいます」

「その人は死んだのですか」

「生きています。でも意識がありません」

 博士はまったく身に覚えがないことを知らされて、驚いてばかりいた。昼になり昼食を食べてからも取り調べは続いた。

「今朝9時頃です」

「まだあるのですか」

「これが最後です」

「山の洞窟のそばで、人が倒れていました。山菜取りをしていた人です.。洞窟から出て来たあなたを見た人がいます」

「その人は死んだのですか」

「いいえ、死んではいません。でもいまだに意識がありません」

 博士はなにがなんだかわからなくなってきた。

「この4つの犯行について、どうしてあなたがそこにいたのか教えてもらいたいのです。しかも黒いマント姿でー」

「そんなこといわれても私にはまったく身に覚えがありません」

「では、しばらく署にいてもらいます」

 夕食を食べ終わってから、留置場の中で博士は自分が何に変身したのかじっと考え込んでいた。

「どうやら人間に変わったのではないな。あの薬は夢の中に頻繁に現れる生き物に変身する薬なんだ。いったい何に変わったのだろう。でも、人間を襲うとは想定外だった」

 そう思っていると、身体がなんだかおかしい。動悸が激しくなり、気分が悪くなって博士は床に倒れ込んだ。

「ああ・・・」

 もがき苦しんでいるうちに、身体がちじんで黒いものに変身し、空中に浮かんだ。コウモリだった。

「そうか。若い頃、ホラー映画を見過ぎたせいで、こんなものに変身してしまったんだ」

 コウモリに変身した博士は、留置場の鉄格子の間を通り抜けると、町はずれの方へ飛んで行った。

「ああ、助かった。でも、もとに戻れるかどうか心配だ。早く帰って薬を作ろう」

 コウモリ変身した博士は心配そうに、夕暮れの空を急いで自分の家に向かって飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(未発表童話です)