(連載推理小説) 軽井沢人形館事件

 

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 小屋へ帰ってきた夜、私は次のような推理を木田に話した。
「おれの推理はこうだ。眼鏡の男はあの家で人形ロボットの外観を制作しているのだ。ゴミ箱に入っていたプラスチックの破片や塗料などでわかる。そしてもうひとりは浅間山麓のあの家の中で人工知能を備えたロボットの骨組みを制作しているのだ。ゴミ箱の中に、鋼や電気部品がたくさん入っていた。
 先ずロボットの骨組みが完成すると、決まった日の深夜に軽トラックに完成した骨組みを積んで人形館に運ぶ。人形館では眼鏡の男が骨組みのロボットにプラスチックの外観を取り付け、きれいに塗装して完成させる。そして深夜ロボットの動作テストを林の中で行っていた。テスターのリード棒もそのときに落としたのだ。おれの推理が当たっているとすると、デパートやショッピングモールの盗難事件もあいつらの仕業だ」
 木田も聞きながら同感したようだ。
「じゃあ、あいつらの行動を突きとめよう」
「そうだな、軽トラックでロボットを運ぶのは土曜日だからその深夜に確認しに行こう。おれは車で浅間山麓のあの洋館を監視するから、お前は人形館を見張ってくれ」
 私たちは相談を終えると、その日を待つことにした。
 数日後、旧軽井沢の喫茶店に行ったとき新聞に県外でも盗難事件が多発している記事が出ていた。記事によると盗難にあった店の数か月前から不審な車が駐車場に止まっていることが確認されていた。ナンバーは取り換えられており、店の周りをうろついている犯人らしい人物たちの映像が掲載されていた。
 土曜日がやってきた。今夜、男たちの行動を監視する日になった。曇りがちな天気だったが、天気予報では今夜は晴れるといっていた。
 夜になった。私は車に乗って浅間山麓の洋館に行った。木田は人形館を見張るのである。
 私は洋館の裏手の林の中へ車を止めて、庭が見渡せる柵の後ろの林の中に隠れていた。季節は春だが、夜の軽井沢はまだ冬の寒さだ。身体が冷えてくるのでジャンパーと手袋を付けて洋館から出てくる男を待っていた。でも何時頃に出かけるのだろうか。物置には軽トラックが入れてあるのだ。
 深夜0時が過ぎた。林の中は暗闇に包まれている。あまり寒いので車から毛布を持ってきた。それにくるまってじっと待った。午前1時が過ぎた頃、洋館の玄関の戸が開いた。中から大きなケースを持った男が出てきた。男は人形館で見た男だった。
「あのケースの中はロボットだ」
 男は物置まで歩いて行くと扉を開けた。思った通り軽トラックが入っていた。幌付の車だった。男はケースを積み込むとエンジンを掛けた。明るいライトがこちらを照らしたので私は草の中へ身をかがめた。
 軽トラックは洋館から出て行った。車の音が次第に消えて行った。
「やっぱりおれの推理どおりだった。軽トラックは人形館へ向かっているのだ」
 私は男の行動をスマホで何枚も撮影した。これらの映像は確実な証拠になるのだ。
「木田が人形館を監視している。軽トラックが人形館へ着き、さっきのケースを家の中へ運んでいる現場を押さえれば推理通りになるのだ」
 私は軽トラックが走って行った後、山麓を降りていった。長い時間林の中に隠れていたのでずいぶん身体が冷え切っていた。
 私は山を降りて人形館へ向かった。人形館のすぐ近くにきたとき、林の中から懐中電灯を照らして木田が出てきた。車の窓を開けると木田も寒そうな様子で、
「お前の言ったとおりだった。軽トラックが人形館へ入っていった。眼鏡の男が出てきて、二人で大きなケースを家の中へ運んでいる現場を見た。軽トラックはいま物置に入れてある」
「これですべてが分かった。証拠画像もある。さあ帰ろう」
 私は木田を車に乗せて小屋へ戻った。
 数日後、私は軽井沢警察に電話を掛けた。
テレビや新聞で取り上げられている盗難事件の情報を提供したのだ。そして撮影した画像もスマホで送った。
 警察ではその証拠画像を県警で調べて、人形館と浅間山麓の洋館とを捜査した。
 どちらの館にも工房があり、その中で人形が制作されていた。二人の男も現行犯逮捕された。
 取り調べをしていく過程で新たなことも分かった。県外にグループが存在し、二人は完成した人形ロボットを提供していたのだ。
 二人の男は1年前から軽井沢に住み込んで人形ロボットの制作をしていた。ロボットの骨組みを制作する作業は、鋼を切断したり、打ち付けたり、溶接するときに音が出るので、周囲に別荘が少ない浅間山麓の洋館を選んだのである。骨組みが出来ると、それにモーター、バッテリーなどの電気部品を取り付け、頭部には人工知能も取り付けた。
 新聞には犯人たちの詳しい手口が次のように書かれていた。
 犯人たちは事前にデパートやショッピングモールを何度も下見に行き、店の商品の場所、監視カメラの位置などを確認し、出入り出来る窓や正面ドア、非常口の鍵の種類を調べた。   
 下見が終わったあと合鍵を用意し、人口知能ロボットに持たせ、店が閉まった夜に合鍵で店の鍵を開け、中の商品を盗み、外で待機している犯人たちに渡して車で逃げる手口だった。
 ロボットには高性能のカメラが取り付けてあり、作業中の様子がリアルタイムで分かる。犯人たちはモニター画面を見ながらロボットに必要な指示を出していたのである。
 県外のグループも同様の方法でデパートやショッピングモールなども狙ったのである。
 事件が解決した数日後、私は前橋に帰ることにした。
「こんな犯罪にかかわるとは思ってもみなかった。でもこの20日間は実に楽しかった」
 木田も、小説を書きあげてほっとした様子で、
「また仕事が休みのときは遊びに来てくれ。今度来るときはもっと住みやすい小屋にしておくから」
 翌日、木田と別れて私は前橋へ帰った。
 前橋に戻って自分のアパートに帰り着くと冷蔵庫の中には何もなく、外食に行くことにした。近くのファミリーレストランでランチを食べて町をぶらぶらした。でもいつになったら仕事が再開されるのか心配である。貯金もずいぶん減っているのだ。
「コロナのせいでえらい迷惑だ。新しい仕事を見つけようかな」
 そんなことを考えながら歩いていた。来週の木曜日はマンドリンクラブの練習がある。2週間休んでいたから行かないといけない。秋の定期演奏会のことも気になっていた。
 5日後、昼食が終わって部屋でゴロゴロしていた時、玄関のチャイムが鳴った。郵便配達だった。
「速達郵便です」
 封筒を受け取って差出し人を見ると木田だった。
「どうしたんだろう」
 すぐに封筒を開いて手紙を読んでみた。
―大変なことが起きた。すぐに来てくれ、詳しいことはあとから話す。人形ロボットが一台行方不明なんだ。 ―木田。(続く)
 
(オリジナル推理小説 未発表作)

 

 

              (オリジナルイラスト)

(水彩、色鉛筆画 縦25㎝×横18㎝)