短編小説 泳ぐ手

 

 深夜、海辺の町の海岸局がSOSの信号を受信した。北10マイルの海域を航行中の貨物船からだった。

 巡視船が出動して捜索したが、船は行方不明だった。

 少し離れた海上で2人の乗組員が浮き輪にしがみついているところを発見された。

 ひとりは意識を失っており、もうひとりはケガもなく話すことが出来た。

 海上保安本部で事情聴取が行われた。

 それによると、当日の深夜、海中から巨大な生き物が現れて航行していた船を海中に沈めたと話した。

「信じられん、いったい何だろう」

 救助された乗組員は、そのときの状況を詳しく話したが、潜水艦ではなく確かに生き物だといいはった。走っている船の船底をつまんで沈めたといった。

「姿は見ていません。どんな生き物かわかりません」

 意識が戻ったもう一人の乗組員に聞いても同じ答えだった。

 数日後、沈められた船が海底で発見された。船体にほとんど損傷はなく、そのままの状態で沈んでいた。

「わからない。なんの理由でこんなことをしたんだ」

 ひと月してから、新たな事件が起きた。今度は、この陸地からそれほど離れていない湾の中だった。停泊中の貨物船が沈められたのだ。深夜1時頃、外に出ていた民家の人が気づいた。

「不思議な光景でした。船が勝手に海の中へ沈んでいきました」

 翌日、沈んだ船は引き上げられたが、船に損傷はなかった。乗組員の多くは脱出できたが、数名は溺死した。

 大がかりな捜査が開始されたが、この怪事件も迷宮入りとなった。この海を航行している船は恐怖に怯えていた。

 この海辺の町に、ある科学者が暮らしている家があった。二階建ての木造の家で、いつも窓のカーテンを閉めて何かの研究をしていた。人づきあいがなく、近所の人は誰も近づかなかった。

 科学者は、片手に包帯を巻き、毎日テレビのニュースを観ていた。観ないでは入られなかったのだ。

 数か月前のことだった。科学者はある研究をしていた。生物を巨大化させる薬品の開発だった。もうすぐ完成予定だった。

 ある日、薬は出来た。水槽に入れた魚を短時間で巨大化させる実験に取り掛かった。確信はあった。ところが意外なことが起きた。

 興奮していたので、薬品を入れるとき手が震えて薬品を片手にこぼしてしまったのだ。

「まずい!」

 そういったとき遅かった。手が急激に大きくなっていった。このままだと手を支えきれない。とっさに思い付いた。

「手を切り落とそう。それしか方法がない」

 電動ノコギリがあったので、激痛をこらえながら手を切り落とした。あまりのショックで意識を失った。

 でも奇跡的に命は救われた。電話がかかってきて助かったのだ。

 すぐに病院に担ぎこまれたが、医者には手を切り落とした理由は言わなかった。

 退院して家に帰ってくると切り落とした手を捜した。でも見つからなかった。窓が割れており、血痕がついていた。

「勝手に窓から出て行ったんだ」

 庭の草のあちこちに血痕が見つかった。血痕は海岸の方まで続いていた。

 海岸を一日中探しまわったが手は見つからなかった。

 科学者は、悪いことが起きないように祈った。

 しかし、最初の事件をニュースで知ったとき、もしやと思った。

「手の仕業かな」

 科学者は、誤って手に掛けた薬品の濃度から生物が何倍に巨大化するかもう一度計算してみた。頭の中ではおおよそわかっていたが、1000倍という答えが出て驚いた。

「ああ、やっぱりそうか。被害が広がらないうちに警察に知らせよう」

 電話をかけようとしたが、

「いや待てよ、まだ断定はできない」

 思い直して電話を切った。

 ところが一週間後のこと、テレビをつけると、信じられないようなニュースが流れていた。

 海岸のそばを走る高速道路に深夜、巨大な手が横切ったという事件だった。間違いない。科学者は確信すると警察に通報した。

 数日後に対策本部が立ち上がった。

 科学者は、厳重な取り調べを受けたが、いったん帰宅することを許された。

 その夜の深夜、寝室で眠っていたとき、家が大きく揺れた。

「地震だ!」

 飛び起きて揺れが収まるのを待っていたが、どうも様子がおかしい。

 窓の外を見ると、巨大な白い手が家を抑え込んでいたのだ。すぐに窓ガラスが割れて中指が部屋の中へ入ってきた。

「わあ!」

 科学者は部屋の中を逃げ回った。逃げながらふと思いついた。

「家に火を着けよう」

 ライターでベッドの毛布を燃やした。火はすぐに燃え広がった。中指は外へ逃げようとしたが、窓から指が抜けないらしい。その隙を見て玄関へ行って外へ出た。瞬く間に火は部屋中に燃え広がり、覆いかぶさった手は悲鳴を上げながら家と共に燃えていった。 

 

 

 

(オリジナルイラスト)

 

 

(未発表作品)