(短篇小説)動くマネキン人形

 

 画学生はモデルを探していた。卒業制作に提出する絵を描くためだった。でもモデルを頼むお金がない。

「ああ、だれかモデルになってくれる女性はいないかな」

 ある日、画材店へ絵具を買いに行った帰り、洋服屋の前を通ったときショーウィンドウにマネキン人形が飾ってあった。

 人形はオレンジ色の帽子とピンクのワンピ-スを着ていた。

「こんな素敵な女性だったらきっといい絵が描ける」

 思いながらしばらく見ていた。

 でも人形では仕方がない。それに盗むわけにもいかない。

 家に帰ってから部屋で描きかけの絵を仕上げることにした。砂浜のテラスを描いたつまらない風景画だった。

「もし、このテラスの椅子に女性が座っていたらすばらしい絵になるだろう」

 その夜、ふしぎなことが起きた。眠りについてからしばらくして窓ガラスを誰かが叩く音がした。

「だれだ」

 カーテンを開けてみた。

「あっ」

 ガラスに写っていたのは昼間見た洋服屋のマネキン人形だった。

「どうやってきたんだ。人間じゃあるまいし」

 マネキン人形はじっと部屋の様子を眺めている。

「そうだ、マネキン人形にモデルになってもらおう」

 玄関を開けると、庭から人形が歩いてきた。

「入ってくれ。君をモデルに描きたいんだ」

 マネキン人形は黙ったまま部屋へ入って来た。何も言わないがモデルになることを承知したようだった。

 部屋に入るとキャンバスが載せてあるイーゼルの近くの椅子に座った。

 画学生はすぐに絵を描く準備をはじめた。

 制作中の砂浜のテラスの椅子に、マネキン人形を描き加えることにしたのだ。

 マネキン人形のオレンジ色の帽子とピンクのワンピース姿が、周りの景色とよく合っている。筆もすいすいと進む。制作は一晩中続いた。やがて朝になった。

「また明日の夜に来てくれないか」

 マネキン人形はうなずいて帰って行った。

 次の日の夜に、約束どおりマネキン人形はやってきた。

 画学生はその夜も夢中になって描いていった。

「君のおかげで絵が見違えるように素晴らしいものになっていく」

 朝になり、その日の制作が終わると、マネキン人形は帰って行った。

 画学生は昼間は美術学校に通っているので、制作はいつも夜だった。

 その後数日間、マネキン人形は約束どおりやってきた。椅子に座ってモデルをしてくれた。

「さあ、明日はいよいよ完成だ。仕上がった絵にサインを入れるのが楽しみだ」

 翌日の深夜に絵はついに完成した。想像していたより出来がいいので自分でも驚いた。

「この絵なら、高評価を受けそうだ。いい就職先を紹介してもらえるかもしれない」

 画学生は、卒業してからのことも考えはじめた。

 提出日が近づいてきた。絵は乾いている。画学生は余裕で何度も絵を見直していた。

 ところがある朝、新聞を見て驚いた。こんな記事が書かれてあったのだ。

 ー最近、町の洋服屋からマネキン人形が頻繁に盗まれる事件が発生している。店のガラスが割られ、同じマネキン人形ばかりなくなっている。犯人は人形愛好者だと思われるが、異様な事件なので、現在、警察で捜査中ー

 その新聞記事には盗まれたマネキン人形の写真も載せてあった。

 画学生は驚いた。

「そんなことがあるわけがない。いったい誰だろう」

 不思議なことばかり起きるので画学生は当惑していた。

「でもそれが事実ならマネキン人形をモデルに描いたこの絵を提出するわけにはいかない。表に出たら、事件の犯人にされてしまう」

 せっかく仕上げた絵を修正しなければいけない。マネキン人形を加えた箇所をナイフで削り取るしかない。でも削ってしまえば以前のつまらない風景画になる。でも仕方がない。 

 画学生は削る前に写真を一枚撮った。自分の思い出として残すためだった。それほど画学生はこの絵を気に入っていたのだ。

 提出日がやってきた。画学生は重い足取りで絵を持って学校へ行った。

「こんな絵では、低評価に決まっている」

 画学生は卒業しても売れない画家として生きて行くより仕方がないと思った。

  学校の帰りに公園に立ち寄った。ベンチに座って修正する前の写真を取り出した。マネキン人形のこと、そして夢中になって制作した夜のことなどがぼんやりと浮かんできた。

「ああ、すべては夢だったのか」

 ベンチのそばのゴミ箱に今朝の朝刊が捨ててあった。その新聞にはまだ犯人が捕まっていないあの事件のことが書かれていた。

 

 

 

(オリジナルイラスト)

 

 

 

(未発表作品)